2017年02月08日

わらべうたとは

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わらべうたうたってなあに(参考図書「音楽大事典」平凡社)
わらべうたは、子供の生活から生まれた唄で、唄い継がれては形を変え、また唄い継がれてきた唄です。


わらべうたの種類
①遊ばせ遊び唄
大人が子どもをあやしたり遊ばせたりする時に唄った唄。「おつむてんてん」「しったーしったーあわわ」「あんよはじょうず」など。

②遊びうた
子どもが遊びながら唄った唄。
「いろはにこんぺいとう(言葉遊び)」「あんたがたどこ さ(まりつき)」「いちばんはじめは(お手玉)」「ゆうびんやさんのおとしもの(なわとびうた)」など。

③自然や動・植物に唄いかける唄
「明日天気になあれ」「いちばんぼし みつけた」「ほたるこい」など。

④年中行事の唄
子ども達が行事に参加しながら唄った唄。「ななくさなずな(七草の節句)」「もぐらどんの おや
どかね(もぐら打ち)」「すってんてれつくてんぐのめん(初午)」など。

⑤子守唄
大人が子どもを寝かせつける時に唄う唄。わらべうたではなく労働歌(民謡)として分類することもある。

子守唄を唄ってあげると、哀しくなったり、怖くなったりするから唄わないで欲しい、と言うお子さんがいる と聞きますが、子守唄は、子守りの辛さを唄っていたり、大人が好む少し哀愁を帯びたような節使い(都節 のテトラコルド)(わらべうたは民謡のテトラコルド)でできていることが多いので、他のわらべうたと  違って子どもには受け入れにくいことがあるのかもしれません。    

*参考図書:「わらべうたの研究」小泉文夫著

わらべうたの節回し
 わらべうたは、子供の生活から生まれた唄なので、 節(ふし)は短い言葉の抑揚に合わせてつけ られてい ます。

 たとえば、良く知られている♪かえるがなくから かーえろ♪という唄は、夕暮れ時、充分に遊んだ子どもた ちが、かえるがしきりに鳴く道を家族が待つ家へと帰る時、言葉で言うだけでは足りない心情が、自然に節 を付けることとなり、あのような唄になりました。

わらべうたの歌詞
 わらべうたは生活の中から生まれた唄ですので、その歌詞は短く、子どもにとっても覚え易く直ぐに覚えて 唄うことができます。

 歌詞の内容は
・親が子どもを思う気持ち
・子どもを励ます言葉
 ・子どもの世話をする時に体を触りながら唱えた体の部位の名前
 ・昔の生活の中にあっただろう機織りや籾すりなどの動き
・身近にいる生き物や自然に対する言葉がけやそれを模したのもの

など、愛情や日本の文化、自然、言葉のおもしろさなどでできています。

 そのため、唄とその内容にある気持ちや、遊びの動作が一致しています。


わらべうたと他の子どもの歌との違い
 同じ子どもの歌として、わらべうたと混同されがちなものに、「童謡(どうよう)」があります。

 これは、明治維新後の、国が作り出した西洋音楽重視の音楽教育から生まれた「唱歌」よりも、子ども達の 成長のために良い歌をと、大正時代に詩人や作曲家が作った歌のことを言います。

多くの童謡の作詞を手がけた北原白秋は、わらべうたの中にある「日本人のジカの気もち」を童謡に折り込も うと、各地に伝わるわらべうたを集めそれを模して作詞を行いました。

 その点では、童謡の原点はわらべうたであり密接な関係はありますが、やはり歌詞は、子どもの言葉の延長 と言うよりも大人が作った詩であり、節も日本人独自の節回しではなく、西洋の7音階が使われています。

「わらべうた」と「童謡」は大きな違いがあることが分かります。

もうひとつのわらべうたの捉え方
 わらべうたを別の視点から捉える考え方があります。
 岩手県遠野市には、遠野のわらべうたとその語り伝えをなさっている、阿部ヤヱさんがいらっしゃいます  が、ヤヱさんは、子どもの頃わらべうたを教えてもらったつっつ婆からこんな話を聞いたそうです。

「ずっと昔、おらだちのような平民(一般庶民)のことを‘わらべ’と言った時代があったど。 そのころは、 まだ平民には生きるということはどういうことかわからなかったど。だからそうゆう人たちに、人間らしく 生きることを教えようとして、その頃の信仰をもとにし、都の方で唄をつくってはやらかしたど。だから、 そうした唄っこを庶民のための唄という意味で、‘わらべうた’っていったんだと。」

「そうした唄を広めたのが諸国をまわって歩く山伏のような人たちだったのでどこの土地にも同じような唄っ こが伝えられているんだど。」(「遠野のわらべ唄の語り伝え人を育てる唄」 阿部ヤヱ著 エイデル研究 所発行より)

確かに、全国のわらべうたを調べてみると、各地に似た唄があるので、わらべうたには、何か元唄のようなも のがあるのかもしれません。

 また、わらべうたを次の世代に引き継ぐ時は、受け継いだことだけを伝えなければならないと言われていた そうです。

 なぜなら、別なことをまぜてしまうと、前の代の人たちの生き方が分からなくなり、心も伝わらなくなってしまうからと言われていたそうです。

 これは、最初に書いた、音楽大事典から捉えたわらべうたの定義とはまったく異なることになります。
 しかし、このようなわらべうたの捉え方もあるということは、伝承されてきたものを敬う意味でも必要なこ とと考えます。

(参考図書:「遠野のわらべ唄の語り伝え 人を育てる唄」阿部ヤヱ著 エイデル研究所発行)

わらべうたと子どもの成長
 わらべうた遊びは、子どもの成長にどんな影響を与えるかも考えてみましょう。

 わらべうた遊びには、大人が子どもの体を触ってあげる遊びがあります。

 この遊びには、親子の肌と肌の温かい触れ合いがあり、お子さんは大人に触ってもらうことで安心し、穏や かな気持ちが育ちます。

 また、遊びながら大人は子供の成長を確認したとも言われています。

 また、わらべうたは、子どもの生活の中から生まれた唄なので、言葉が短く、言葉の抑揚に合わせた日本民 族独自の節使いでできています。

 ですから子どもにも覚え易く、すぐに大人と一緒に楽しむことができます。

 また同じ節やリズムを繰り返すので、その繰り返しが心地良く、子どもも歌っている大人も心が安定してき ます。


 また、誰かが遊びながら自然に口から出た言葉や節がわらべうたですから、遊ぶ時の体の動きと言葉が一体 になっています。

体を動かしながらその動きに合った言葉を発することは脳に刺激を与えるといわれていて、脳生理学者の大島清氏は、『わらべうたが子どもを救う』(健康ジャーナル社)の中で、わらべうた遊びで遊ぶことは「脳全体をゆする」ことと表現しています。

 また、わらべうたのなかには動物や植物、季節、日本の文化が織り込まれていますので、唄い遊びながら、 生き物を大事にする思いや、季節感、日本語の響きを感じる力などが育っていきます。


 子ども達同士で遊ぶ遊びでは、ルールを守らないと遊びには入れてもらえない、それはつまらない、という ことがわかると、自然とルールを守るようになります。

 また、「ことしのぼたんは」という鬼ごっこには、遊びの中に「いれて」「いや」というやりとりをする部 分があります。

 それをすることで、言われた時の気持ちを体験することもできますし、ちょっと嫌な思いがしてもこれは遊 びで、直ぐ仲間に入れてもらえるんだという安心感から、遊んでいる子供たちの連帯感もうまれてきます。

 また、向かい合ってくすぐったりつねったりする遊びでは、人にされることで痛みなどを体感し、相手もさ れれば自分のように痛いということを知ります。

 こうして、遊びながら人と人との関わり方や相手を思いやる気持ちを育て社会性を身に付けていくことがで きます。

 また、大縄跳びやまりつき、お手玉など道具を使う遊びでは、体の運動機能を高めることができます。

今、子供たちの周りには、いろいろな集団遊びやゲームがありますが、わらべうた遊びの中には、それらの遊 びでは味わえないことがあります。
 それは、言葉のように自由に唄える唄を、仲間と声を合わせて唄いながら遊ぶことの喜びです。
 こうして遊んだ体験は子供たちの心と体を育てていくことでしょう。

 遠野の阿部ヤヱさんはこう話しています。
「子供の頃に仲良く遊んだ友達は心の中の一生の友だちです。」
(「遠野のわらべ唄の語り伝え人を育てる唄」 阿部ヤヱ著 エイデル研究所発行より)

わらべうたはもう残っていない?
 わらべうたは、古臭い、今は残っていないという事を耳にしますが、子どもだけの遊びの世界で遊べるよう になってきた小学生に聞くと、懐かしいもの、それが少し形を変えたもの、新しいものなど、たくさんのわ らべうたを教えてくれます。
 子ども達の中では確かにわらべうたは唄い継がれています。
 むしろ、大人が関わる、遊ばせ遊びや子守唄の方が、途だえてしまっているように思われます。

子どものよりよい成長を促すわらべうたを、大人の私達も受け継いでいかなければいけないと感じます。
posted by Hiromi Gokon at 19:44| わらべうたとは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

教育的に創られたわらべうた遊びがあるということ

伝承された遊びではなく、教育者が新しく創った遊びがあるということ (コダーイ芸術教育研究所が創った音楽教育を主な目的とした遊び)
現在、全国的にわらべうた遊びが注目され、各地でわらべうた遊びをする場が増えています。

その中で遊ばれるわらべうた遊びの中に、昔から伝わっている伝承の遊びではなく、教育者が教育的に創った新しい遊びが含まれていることがあります。

そして、遊びのリーダーが、その遊びは伝承のものではない、ということを示さないまま遊ぶために、参加をしている方々は、それらを、昔から遊ばれているわらべうた遊びだと思い込んでしまうということが起きています。

このようなことが、多くのわらべうた遊びの会で行われれば、長い間歌い継がれてきた、子ども達の遺産とも言えるわらべうたを、大人の手で断ち切ってしまうことになってしまいます。
それは、是非とも避けなければなりません。

教育者が、教育的に創った遊びの中で、最も知られているものは、コダーイ芸術教育研究所が創ったものです。
コダーイ芸術教育研究所は、1968年、ハンガリーの音楽教育を学んで帰国した、羽仁協子氏によって設立され、幼児教育現場での、ハンガリーの音楽教育研究実践を始めました。その後、乳幼児の保育、教育、子どもの文化活動、また、小学生の音楽教育の研究実践などへと広がりました。

ハンガリーの音楽教育は、自国の音楽、「わらべうた」から始める、とされており、さらに、幼児にとって最も重要な活動は遊びである、という観点から、コダーイ芸術教育研究所は、たくさんのわらべうたを資料から集め、わらべうたと共に伝承されていた遊びを切り離し、ハンガリーの音楽教育法をもとに新しい遊びを創っていきました。
その遊びは、子どもの全人格的な調和が取れた発達を促し様々な感覚・能力を発達させるのに大変有効であるとされ多くの保育園、幼稚園、幼児教室で実践され続けています。

また子ども達にも、「教育を目的としたもの」ではなく、「楽しい遊び」として受け入れられています。
(参考図書:「わらべうた音楽の理論と実践ー就学前の音楽教育ー」フォライ・カタリン著  知念編  畑玲子訳 明治図書発行)

このように、コダーイ芸術教育研究所が創った遊びは、教育的に優れたものではありますが、「わらべうた」から始めるという理念のために、「わらべうた」と共に子ども達が昔から受け継いできた遊びとの関係が複雑になったまま、現在に至っているということ、また、このように、教育者によって創られた遊びを「わらべうた遊び」と呼び続けてきたことへの問題点を、確認しておく必要があると考えます。
posted by Hiromi Gokon at 17:46| わらべうたとは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

はしが台幼稚園でのわらべうた講座

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千葉県成田市にある親子の育ち合いのグループ「もりの
こびとたち」を通して依頼を受けました、はしが台幼稚園
(成田市)の家庭教育学級にて「わらべうた」についてお
話してきました。

はしが台幼稚園の家庭教育学級にて、「わらべうた」に
ついてお話をさせていただくのは、今回で3度目。

園長先生をはじめ先生方にも「わらべうた」の素晴らしさ
をご理解いただいていて、園と一体となっての講演会とい
う雰囲気の中、実際に遊びながらお話をさせていただきま
した。

また「もりのこびとたち」のみなさんが、紫陽花のお花や
布で会場を美しく整え、また電気の人工的な明るさの中で
ではなく、太陽の光から生まれる自然な明るさや影の中で、
肉声のみで進めていけるようと準備をしてくださいました。

園長先生から「文部科学省から『子育てに子守唄を』とい
う指針が出されている。まさしく『わらべうた』は今の子
育ての中に求められているもの」とお話をいただき、講演
会に移りました。

始めに「わらべうた」とはどのようなものなのかを知って
いただくために、成田の子供たちに教えてもらった手合わ
せジャンケン「おてらのおしょうさん」で遊びました。

この遊びは、私たちが子供の頃遊んでいた遊び方に続きが
付いたものです。
(前原でも3歳以上のクラスで遊んでいます。)

また、私があるお店で見た「キシリトール」というジャン
ケン遊びを紹介し、「『わらべうた』とは、子供の生活の
中で自然発生的に生まれ、口伝えに伝わっては形を変えま
た伝わっていく唄。今でもこうして変化し続けている。」
というお話をしました。

次に私が小学生の頃に遊んだ遊びを2つ紹介しました。

まず「はないちもんめ」。

これは「最後の勝負は体を使ったもの(引っ張りっこ、け
んけん相撲、尻相撲など)で決めたこと」「決まるまでみ
んなで応援したこと」「お互いの特徴を知らなければ作戦
が立てられなかったこと」を通し、友達同士の関係を深め
ることができたとお話しました。

実際この時も、「尻相撲なら勝てそう」「ジャンプ力なら
こっちの勝ち」などお母さん同士の中で知っている情報を
基に作戦を立てていました。

次は「ことしのぼたん」で遊びました。この遊びの中には、
「『いれて』『いや』」という台詞があったり、
「だれかさんのうしろにへびがいる」と囃すように唄う場
面があるのですが、遊びながら1人を阻害し囃す疑似体験
をすることで、実際の人間関係の中での限度を学んでいく
ことができるということをお話しました。

この2つの遊びを通し、物を使わず体と声だけで集団で遊
ぶことが、子供たちを豊かに育てていくという事を感じて
いただけたようでした。

この2つとも前原の小学生クラスで遊んでいます。

次に、1人で遊ぶ「わらべうた遊び」を紹介しました。

始めに手遊び「おちゃつぼ」「たたみさしばり」をしなが
ら唄の言葉の発音と手先の動きを一致させるための器用さ
や集中力についてお話しました。

また絵かき唄「みみずがさんびき」「にいちゃんが」「ぼ
うがいっぽん」をホワイトボードに描きながら唄いました
ら「懐かしい」という声が聞こえました。

また言葉遊び「ひーちゃんひがつく」「あんたちょっと」
「いろはにこんぺいとう」など私が実際遊んでいたものも
紹介しました。

またこれらの言葉遊びに対して、「ころされた」「くるく
るぱー」「はげあたま」などの言葉を含んでいるので、大
人が教えるべきではない、という考え方もあるという問題
点もお伝えしました。

この後、床に座って親子で向かい合って触れ合う遊び、
「おふねはぎっちらこ」「ねずみねずみ」「そうめんや」
「にゅうめんそうめん」「ふくすけさん」「いちめど」
(前原のクラスでも遊んでいます。)をました。

下のお子さんをお連れの方は一緒に、お子さんがいない方
は。人形をお膝に乗せて遊びました。

お子さんを相手に遊んでいる方は、目の前のお子さんの表
情を見ながら、気持ちをやりとりすることをとても楽しん
でいましたが、お人形が相手の方はちょっと寂しそうでし
た。

また、8ヶ月のお子さんもいましたので、
赤ちゃんの遊び「しったーしったー」を私が直接してあげ
ました。

そのお子さんは始めはじーっと私がしていることを見てい
ましたが、しばらくして私と同じように胸の前で手を打ち
始めました。

その様子を見て、みなさんが声をあげ、その声を聞いた赤
ちゃんも嬉しそうにまた手を打ち始めました。

「昔の人は、赤ちゃんの頃から、動作を見せて真似させる
ことで真似る(学ぶ)力を育て、また回りの大人に今のよ
うに温かく認められ愛嬌を振りまくことを通し、人から愛
される人に育てたのだそうです。

これも『わらべうた』です。」とお話しました。

この事は、以前、0~1歳クラスに来ていた方が、「お正
月に実家に帰った時に、この子が『しったーしったー』
や『おつむてんてん』を見せてみんなに喜んでもらってい
るのを見て、上2人の姉とはちょっと違う人と向き合う方
法を覚え
ているように思いました。」

とお話していたことと繋がるように思います。

遊びの最後は、道具を使う小学生以上の遊びとして、
お手玉をしました。

始めは一個のお手玉を片手で投げ上げ手の甲に乗せては返
す「にわとりいちわ」、
私が母から教わった「いちばんはじめは」「いちれつらん
ぱん」を2個のお手玉で遊びました。

「いちれつらんぱん」については、軍国主義が刷り込まれ
ている唄と紹介し、他に、今でも子供達が遊んでいる「せ
んそう ぐんかん ぐんかん」のようにそのまま唄い遊ば
れているものがあり、このような遊びを大人がどう扱うべ
きかについても問題になっているというお話をしました。

お手玉は前原の小学生クラスでも、木枯らしが吹く頃に始
めます。

最後に、子守唄もお家で唄っていただきたいと思い、日本
の代表的な子守唄「江戸子守唄」を繰り返し唄いました。

歌詞をメモされている方もいらっしゃいました。

このような内容で、2時間ほど遊びながらお話しさせてい
ただきました。

前原わらべうたで遊ぶ会では、月2回から3回と、遊ぶ時
間が多く持てていますので、少しずつ覚えていかれてい
るのではないかな、と思います。

日本人が生まれながらに持つ節使いで、簡単なことばの抑
揚に節がついた、最も言葉に近い唄「わらべうた」を唄い
遊ぶことで、毎日の子育ての中に豊かな時間が一瞬でも生
まれればと思っています。
posted by Hiromi Gokon at 16:06| わらべうたとは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

月刊誌「赤ちゃんとママ」2005年4月号 記事

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特集 わらべうたで話そう
(郷右近の文章を元に 赤ちゃんとママ社の森一生
さんが記事にました)

わらべうたって何?

みなさんは、わらべうたと聞くとどんな歌を思い浮かべ
ますか。

友達と向かい合って手合わせしながらじゃんけんをした
「おてらのおしょうさん」でしょうか。

2列に向かい合って歌い合った「はないちもんめ」、
大縄を跳びながら歌った「ゆうびんやさんのおとしもの」
でしょうか。

あるいは、遠い昔の歌として馴染みがないようにお感じで
しょうか。

いつ誰がつくったのからないけれども、子どもの生活の中
から生まれ、口伝えに、ときには形を変えながら、歌い継
がれてきた歌をわらべうたといいます。

わらべうたは、子どもの生活のなかから生まれた歌なので、
言葉がとても短く、節は言葉の抑揚に合わせた日本民族独
自の節使いでできています。ですから赤ちゃんにも覚えや
すく、すぐに大人といっしょに楽しめる歌です。

また、同じ節やリズムを繰り返すので、その繰り返しが赤
ちゃんにとってここちよく、赤ちゃんも、歌っている大人
も心が安定してきます。

また、遊びながら自然に口から出た言葉や節がわらべうた
ですから、遊ぶときのからだの動きと言葉が一体になって
います。

からだを動かしながら、その動きに合った言葉を発するこ
とは、脳に刺激を与えると言われていて、脳生理学者の大
島清氏は、『わらべうたが子どもを救う』(健康ジャーナ
ル社刊)のなかで、わらべうたで遊ぶことは「脳全体をゆ
する」ことと表現しています。

そして、わらべうたには、動物や植物、季節、日本の文化
が織りこまれていますので、歌い、遊びながら赤ちゃんを
心豊かに育てることができます。
 
また,多くのわらべうたが、言葉や節を変えながら口伝え
に伝わってきましたが、岩手県の遠野には、その言葉や節
を変えることなく歌い継がれているわらべうたがあります。

遠野のわらべうたは、人間らしく生きるための教えや知恵
を伝えるものとされてい、その先人の思いを消さないよう
にと、長い間、言葉や節を変えることなく歌い継がれてい
ます。

このようなわらべうたも、歌い、遊びながら、「人育ての
心」を教えてくれているのです。



●コラム●
同じ子どもの歌として、わらべうたと混同されがちなもの
に、「童謡(どうよう)」があります。

これは、明治維新後、国が作り出した西洋音楽重視の音楽
教育から生まれた「唱歌」よりも、子ども達の成長のため
によい歌をと、大正時代に詩人や作曲家が作った歌のこと
をいいます。

多くの童謡の作詞を手がけた北原白秋は、わらべうたの中
にある「日本人のジカの気もち」を童謡に折り込もうと、
各地に伝わるわらべうたを集めています。

童謡の原点はわらべうたでもあったのです。



赤ちゃんとわらべうたで遊ぼう!

こぞうねろ
<節のない唱えうた>
こぞうねろ(小指を折る)
おいしゃねろ(薬指)
せいたかねろ(中指)
おれもねるから(人差し指)
われもねろ(親指)

まずは、「こぞうねろ~」です。

これは江戸時代に江戸で遊ばれていた指一本いっぽんを折
っていく手遊びで、赤ちゃんの時は大人が、3歳ごろには
自分で折って遊びます。

歌詞の中の「おれ」とは「わたし」、「われ」とは「あな
た」という意味です。

子どもを寝かせながらおふとんの中でこの歌で遊び、「さ
ああなたも寝ましょうね。」と歌いかけていたのでしょう
か。

古い言葉が入っているわらべうたですが、どの時代も変わ
らない、眠りに入ろうとしているわが子への愛おしさを伝
えることができる遊びであり、韻を踏んだ言葉のリズムが
赤ちゃんをここちよい眠りへと誘います。

また指一本いっぽんに名前をつけ、さわりながら呼んであ
げることで、自分のからだへの意識が高まり大事にしよう
という気持ちが育ってゆきます。

この遊びは赤ちゃんをおひざに座らせ、後ろから手を取っ
て遊んであげることもできます。
(出典 「日本のわらべうた 室内遊戯歌編」
尾原昭夫編著・社会思想社刊)

              
ねずみねずみ
<節のない唱えうた>
ねーずみ ねーずみ どーこいきゃ 
わがすへ ちゅっちゅくちゅ
ねーずみ ねーずみ どーこいきゃ 
わがすへ どびこんだー
(出典 「日本のわらべうた」尾原昭夫編著
社会思想社刊)

次は「ねずみねずみ~」。

この遊びは赤ちゃんの手を取り、大人の2本の指を動かし
て肩まで上がり、最後の「とびこんだー」でわきの下を
くすぐります。

赤ちゃんはさわられている場所が肩へと動いていくのを感
じ、腕全体の感覚を味わいます

何度か遊んでいるうちに、「とびこんだー」でくすぐられ
るのを待つようになります。

その表情を見つけたとき、大人はうれしくなりちょっと長
めに間を置いたりします。

このようなやりとりを通して赤ちゃんと大人は心を通じ合
わせることができます。

             

ふくすけさん
ふくすけさん えんどうまめがこげるよ 
はやくいって かんましな 
(出典 「わらべうたと子ども」木村はるみ
蔵田友子著・古今社刊)

3つ目は「ふくすけさん~」です。

このわらべうたは節がありますので、楽譜もあわせて紹介
します。

これは北海道で歌われていたわらべうたで、足の指を小指
から順に歌に合わせて触っていく遊びです。

足の指先には体の反射区があり、そこに刺激を与えること
で赤ちゃんは健康になり、またからだ全体に刺激が行き渡
ることで気分もよくなります。

ちょっとくすぐったくても気持ちがよいから、赤ちゃんは
足をぐっと前に出して、「もっとやって」の気持ちを伝え
てきます。

何度もしてあげたくなる遊びです。

また足の指一本いっぽんをさわりながら遊ぶことで、足の
指の形はどうか、ただれているところなどがないかと、確
認することができます。

このようなからだをさわるわらべうた遊びは、赤ちゃんの
からだの状態を知る手がかりにもなったといわれています。



●コラム●
わらべうたで赤ちゃんと思いをやりとり 
赤ちゃんと遊ぶ時は、しっかりと向き合い目と目を合わせ
て遊びましょう。

そうすることで赤ちゃんがどんな気持ちでいるのか、赤ち
ゃんのからだ全体から感じることができ、大人はそれにこ
たえてまた遊んであげることで気持ちのやりとりが生まれ
ます。

そのやりとりが人とと関わりの第一歩で、生きるうえでの
大きな力になると、遠野のわらべうたの語り部、阿部ヤヱ
さんは話していらっしゃいます。

子どもたちどうしで遊ぶわらべうた遊びは、今でも歌い継
いで残っているものもありますが、大人が赤ちゃんと遊ぶ
わらべうたは、なかなか伝わらなくなっているようです。

ここでわらべうたを紹介しましたが、パパ・ママのご両親
や祖父母の方にどのように赤ちゃんと遊んだかを教えても
らって、お子さんと遊んでみてください。

それこそが生きたわらべうたの伝承になります。

遠野のわらべうたのように、形を変えずにずっと歌い遊ば
れてきているわらべうたはこれからも、そのまま形を変え
ることなく歌い遊び継いでいかなければなりません。

そしてまた日常の赤ちゃんとの生活のなかでは、話し言葉
に節がついてオリジナルなわらべうたが生まれてきた、と
いうこともあるでしょう。

大好きな大人がつくってくれた歌は赤ちゃんの心に届き、
赤ちゃんとの生活を楽しく豊かにしてくれることと思いま
す。

ですから、どうぞまずは声に出し、目と目を見つめ合って
歌ってみましょう。

きっとお話をしているかのように思いのやりとりを感じる
ことができるでしょう。
posted by Hiromi Gokon at 16:02| わらべうたとは | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする