2017年06月29日

自生のホタルを観に行って(過去の文章まとめ)

ホタル.jpgイメージです
2012年より毎年7月末に、船橋市内のホタルが自生している田んぼにホタルを見に行っています。
その様子を書いた文章をまとめました。
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●ホタル観賞会に参加してきました
2012-7-31

7月28日(土)、NPO法人「とんぼエコオフィス」主催の「ホタル観賞会」に参加してきました。

私がこの催しを知ったのは昨年でしたが、数年前から毎年7月末に行っていたとのことでした。

2005年、2006年のミニ歳時記6月に、書きましたが、船橋は都心から近い商業、住宅都市ですが、ホタルを見ることができる場所があり、自然と共存している都市ということが誇りでした。

しかし宅地の開発で、山や谷津田が宅地や道路に変わってしまい、見えていた場所が減っているということもも聞いていました。

見えるらしい場所へ、ひとりで行ったこともありますが、当てもない場所を暗い夜道の中探すことは、何か他のものに遭遇しそうでできませんでした。

「いつかは船橋のホタルを見てみたい」とずっと思い続け昨年、市の広報に、「ホタル観賞会 参加者募集」の記事を見つけました。

昨年申し込みをしましたが、あいにく雨のため中止となり1年待っての観賞会となりました。

わらべうたの会でも、ホタルの唄を唄っていましたので、観賞会をご紹介しましたら、1歳半過ぎの3人目のお子さんと一緒にわらべうたの会に参加している方が、行ってみたいということで、一緒に行きました。

この方は子どもの頃、ホタルを網で捕まえたりしたことがあるとのことで、まだお子さんは小さいのですが、是非見せてあげたいと、親子でいらっしゃいました。

私は高校生の時、水田が広がる場所に引っ越したのですが夕方帰り道で、田んぼの上をスーと飛ぶホタルの姿を何度か見ることができました。

今回の観賞会ではどの位見えるのか、あの時のようにス―と飛ぶ姿を見ることができるのか、箒や網で捕まえることができるくらい飛んでいるのか、それとも草むらの奥で光が見える程度なのか、思いめぐらしながら楽しみに出かけていきました。

日が沈んで、暗くなった7時過ぎ、かつて谷津田だったところを小さな川に沿って歩きます。

草むらに向かって懐中電灯を点滅させると(ホタルが光るのは雄と雌が居場所を確認するためなので、本当はホタルを混乱させてしまうからあまりしない方がよいと聞いたことがありますが)、草むらでの中で光るホタルの姿が!

船橋にもホタルが生息していることを、この目で確かめることができた瞬間でした。
この時期に見えるのはヘイケボタルですので、小さな、か細い光でした。 

草むらに光る僅かな光、谷津田に沿って連なる山の崖から垂れる枝先にもホタルが光りました。

しばらく行くと、草の上を吹く風に煽られて飛び出したホタルが3匹。

「とんぼエコオフィス」の代表で案内をしてくださった薮内俊光さんによると、今年は数が少ないとのことでした。

一昨年は飛んできて掌に乗ることもあったそうです。

薮内さんは、ホタルは手入されている田んぼに生息するので、このように休耕田になり草刈りなどしなくなって荒れてくるとホタルも生息しなくなる、とのことでした。

私の実家の近くでは、かつて見られていた場所でも、今では農薬を散布するようになり、ホタルの幼虫が死んでしまってホタルを見ることができなくなっている、と聞いていましたが、手入れがされなさすぎることもホタルがいなくなる原因になるということを初めて知りました。

「とんぼエコオフィス」では、休耕田の持ち主や近所の方に声を掛け、ボランティアでできる限りの草刈りや整備をしているそうですが、所有者も高年齢化し以前のようには進まないとのことでした。

ホタルを見ることができる、という状況には、多くの人たちの働きがあってこそなのだということを知り、ありがたい思いと、かつては田んぼでお米を作っていたことがおのずと環境の整備となっていたという、農業の力の素晴らしさも知りました。

一緒に行った方も、子どもの頃に見た時の気持ちを思い出していらっしゃるようでした。

1km弱の道のりでしたが、お子さんも、たまに抱っこされながらも歩ききり、お母さんが指さすホタルの小さな光をしっかりと見つけ、お母さんの「見せてあげたい」という気持ちを十分に受け取っているようでした。

このようになかなかホタルの光を見つけられないで歩いていると、
    ♪ ほたるこい ♪
と唄いたくなり、何度も唄いました。

    ♪ ほたるこい やまみちこい 
    あんどのひかりを ちょいとみてこい ♪

というわらべうたがあります。

この唄の「やまみちこい」という歌詞を唄いながら、田んぼの上を飛ぶホタルしか見たことがない私は、どういうことなのだろう、と違和感を感じていました。

しかし今回の観測会で、谷津田沿って連なる山の崖から垂れる枝先にも光るホタルを見て、「こういうところに雄がいて、草むらに光る雌に向かって飛んでいくのです」という話を聞いたこと。
また八ヶ岳南麗高原のペンション・ペアハットのHPに「川沿いに植栽された高い木々は湿った暗い空間が立体的に続き、ホタルの大好きなエリアとなります。」とあり、山道をホタルが飛ぶということは極自然なことだということ。

また「あんどのひかりを ちょいてみてこい」というのもただ漠然と唄っていましたが、私たちもホタルを呼ぼうと懐中電灯の光を点滅させたように、昔の人たちもホタルが行燈の光に反応することを知っていて、このように唄ったのだと実感しました。

懐中電灯は同じ強さの光を出し続けるので、スイッチを切ることを繰り返して点滅させましたが、行燈はその必要がないほどに、ゆらゆらと揺れたことでしょう。
都市に残る自然の姿。多くの人々によって守られていることを知りました。

来年も見ることができることを願います。
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●船橋市に自生している蛍を見に行きました
2014-7-30

2年前、「NPO法人 とんぼエコオフィス」主催のホタル鑑賞会に参加しましたが、今年も船橋市に自生している蛍を、うたとリコーダーの会幼児クラスの親子とお友達の2組で7月12日に見に行ってきました。

急な決定でしたので、会員皆さんにお声がけせずに、となってしまいまったのが残念でした。

場所は「馬込霊園奥の馬込谷地」で馬込霊園の東南側、金杉緑地公園の北側に当たります。

先ほど書きました「NPOとんぼエコオフィス」主催の蛍鑑賞会が行われた場所です。

船橋市では、夏見運動公園の一角に、ゲンジボタルを飼育しているハウスがあり、6月には蛍鑑賞会として公開します。
とても人気でその美しい光をみようと毎年長い列ができます。

船橋市は、平成11年から13年にかけて、船橋市内に生息している生物の調査をしました。
その結果はインターネットで検索することができます。
蛍の生息場所は当時でも「馬込霊園奥の馬込谷地」1ヶ所でした。

その7年ほど前には、坪井でも見ることができていたそうですが、その後、宅地造成でなくなりました。

15年ほど前でさえ、1ヶ所と聞くと、やはり船橋は「自然が少ない街」と思ってしまうかも知れませんが、15年前から変わらずその場所に生息し続けている、と考えれば、船橋も「自然が残っている街」といえるのではないでしょうか。

2年前の鑑賞会では、10匹に満たない数しか見ることはできませんでしたので、今回はどのくらい見えるか、もう環境の変化でいなくなっているのではないか、などいろいろな思いを抱えながら、一昨年見に行った場所に向かいました。

谷地に着いたのは、午後7時半過ぎ。

あたりには街灯がありませんので、懐中電灯を照らしながらでないと歩き難い暗さになっていました。

自動車で近くまで行き、駐車しようと速度を落とした時、草むらの中に光を見つけました。
自動車から降りると、その蛍はふわりと飛び上がり私たちの上を飛んで隣の空き地に移り、その後も光り続けていました。

そこから200Mほど、田んぼや草むらの中、山際を40分歩き、10匹ほどの蛍を見ることができました。
時々
♪ ほーたるこい やまみちこい 
  あんどのひかりを ちょいとみてこい ♪
と歌いながら・・・・

40分で10匹ですから、ほんとうに少ないのですが、運動公園の人工的に飼育した蛍とは違い、自生している蛍ですのでその意味はとても大きなものです。

つまり、ここの場所の水が汚染されておらず、農薬もまかれることが無く、幼虫のえさになる生き物もたくさんいて、蛍が発光することを邪魔する人工の明かりが無いということを表しています。
東京のベッドタウンであり多くの商業施設やマンションが建っている船橋にもまだこのような場所があるということは、ほんとう嬉しいことです。

そしてこの場所を蛍の住み易い環境に整備してくれている人への感謝の気持ちで一杯になりました。

「場所を蛍の住み易い環境に整備してくれている人」と書きましたが、2年前の蛍鑑賞会で案内をしてくださった「NPO とんぼエコオフィス」の薮内さん(船橋市議会議員)は、「放置された休耕地には蛍は育たない」と話していました。

草が伸び放題になると日が当たらず、根元の水に充分な酸素がいかなくなって、根元が腐り、水中の酸素が減り、アンモニアやメタンガスなどの物質が増え、蛍の成育にとっては悪い環境になるからだと話していました。
それを防ぐためには、伸びた草を刈り込み、程よい酸素や日光が水の中に入るようにしなくてはなりません。

今回蛍を見ることができた場所は、稲が植えられた水田、短い丈に刈りそろえられた草むら、その周りを流れる細い水路脇の土手でした。
水田は、稲を育てるために手をいれますが、草むらも放置されているのではなく、確かに人の手によって短く刈られていました。

このような手が加えられることで出来上がる、安定した環境があってようやく蛍が成育するわけです。

馬込奥谷地で見られる蛍は「ヘイケボタル」です。

「ヘイケボタル」は、6月から8月に蛹から成虫になり、6月中旬から9月中旬に卵を水際の壁に産み付けます。
その卵は、20日前後で孵化し、幼虫になると水中に落ち、水中で脱皮を4回繰り返しながら成長し、翌年の4月から7月にかけて、水中から這い出て来て土の中にもぐり、蛹になります。

つまり、今年成虫になった蛍はもうすでに、水際の土の中に卵を産み付けていて、さらに孵化して幼虫にもなっており、田んぼの周りの水場でタニシや生き物の死骸を食べて暮らしている。
来年私たちが見るであろう蛍はもうすでにそこに暮らしているということです。
そして来年の初夏までその水辺で暮らすことができて、ようやく成虫―つまりは空を飛ぶ蛍―になるということです。

カブトムシのように、ずっと土の中で成長し続けるのであれば、土が取り払われてしまわない限りは、成虫になることがほぼできるでしょう。

しかし水中で生きる続けることは、それよりも困難なことと考えられます。
水源を掘り返されて水場がなくなるかもしれない。
水が湧かなくなるかもしれない。
日照りで水が蒸発してしまうかもしれない。
汚水が流れ込んでくるかもしれない。
街灯が設置されて四六時中光が当たる環境になるかもしれない。

これが、蛍が成育する場所が少なくなっていく大きな理由でもあるということでしょう。

昔は美味しいお米を作るために極当たり前にしていたことが、蛍が生きるのに最適の環境を維持していたということでした。

来年も、見に出掛けたいと思っています。

無事成虫になり小さな光を放ちながら飛ぶ姿を見ることができるよう願いたいと思います。

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●船橋市に自生している蛍を見に行きました
2016-8-12

今年も夏休み前の7月29日、馬込沢霊園下の谷津田に蛍を見に行って来ました。

今年は新月に近い月の日だったため、月明かりはまったくなかったこともあるのでしょうか。
今までで一番多くの蛍を見ることができました。

わらべうたの会でも、蛍の歌を歌い、団扇うちわ)で風をおこし蛍を草むらから飛ばす仕草をしたり、心の目で見ている、飛んでいる蛍を、両手でそっと覆って捕まえる仕草をしたりしましたが、今回はそれが本当にできました。

少し風が吹いていましたので、その風にあおられ蛍が7、8匹飛び上がります。そのうちの何匹かは、私たちが立っている畦道を横切り隣の田んぼに移ります。
その時に、両手を広げてふわふわ飛ぶ蛍を手の中に捕まえます。
そっと開くと手の中で光り続けています。

ヘイケボタルですので、とても小さくか弱い光なのですがとても可愛らしいのです。

子ども達も何度も手のひらの上、団扇の上に蛍を乗せて、綺麗な光を楽しみました。

以前にもここで書きましたが、この場所は田んぼの他に、綺麗に刈られた草むらがあります。
私たちが行った時には、刈られたばかりのようでした。

こうして蛍が自生するのを助けている地主さんがいらっしゃることに感謝したいと思います。

今回も、蛍の数を毎日数えている男性の懐中電灯の明かりが遠くに見えました。

また、3人ほどの女性が私たちの前に、蛍を見に来ていました。

今はネットで情報が広がる時代ですので、このことも広がり、多くの人たちが見に来るようになるのかな、とも思いますが、今のところ、私たちが訪れた時は、私たちだけで楽しめています。

来年も蛍の光をたくさん見ることができることを祈りたいと思います。
posted by Hiromi Gokon at 22:12| 自然と共にわらべうたを唄う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月27日

2017年度 わらべうた講座を終えました

6月24、25日の2日間のわらべうた講座終了しました。
2日間合わせて21名の参加。

1日目午前中は、わらべうたについて、様々な考え方があること、日本人独自の節使いについて、などわらべうたについて知る時間。

午後は、生後2ヶ月から小学生までのわらべうた遊びを年齢に沿って遊んでいきました。
小学生の遊びでは、お手玉やまり、竹返しなど道具を使った遊びもしました。

2日目は、参加者みなさんがひとつわらべうた遊び(ご自身の活動に合わせて変えたものを含む)を持ち寄り披露し、一緒に遊び、みなさんにお尋ねしたい方はお話していただき、みなさんから考えていることなどを出し合うことをしました。

遊びはさまざまなものが集まりました。

手遊び、手合わせ遊び、鬼ごっこ、かくれんぼ、ゴム跳び、まりつき、チェーンリングを使ってお手玉のように遊ぶもの。

またその遊びをしていた方の、懐かしいお話なども伺い、温かい気持ちになりました。
これからご自身が子どもたちとわらべうた遊びをする時に、その気持ちを持ちながら遊ぶことができそうです。

またコダーイ芸術教育研究所が作った遊びをご自分の会で実践している方は、流れるように遊んでみたいと提示されました。

また、ご自身が子どものころ遊んだ遊びを、子ども達との音楽の場で、取り入れようとご自身で考えた遊び方を提示した方もいらっしゃいました。

公的な集団健康診断の場で、30組ほどの親子にわらべうた遊びを教える場を経験した方が、不特定多数の中でわらべうた遊びをすることの難しさをお話され、同じような経験をされた方々のお話を聞き合いました。

遊びの提示のみでしたが、このように様々深く考え場になり、充実した時間になりました。

2日間という限られた時間でしたので、もう少し深めたいということもありましたが、また次回にと思います。
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posted by Hiromi Gokon at 06:09| わらべうた講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月21日

おんぶ紐「もっこ」(いなげわらべうたの会)

今回から入会の方。前回に続いて家族3人で体験の方を交えての会。

0歳~4歳と年齢幅が広いクラス。
遊びも様々。
前回に続いて、舟こぎ遊びは「ふねのさんどうさん」。これは「あらなみ」で膝を弾ませたり、最後の「ぎっこどん」では脚を開いて膝の上の子どもを床に落とすなどの動きがある。床に落とすことは、背骨が柔らかい0歳児はしないで、軽く膝を弾ませる。

4歳、3歳、もう直ぐ3歳の3人には少し難しい遊びをと、今日は手合わせ遊び「やなぎのしたには」をした。3人はお母さんと向い合って。まだ小さな赤ちゃんは、お母さんがしぐさをしてお子さんに見せていました。「今はまだ小さくて遊べないけれど、こんな遊びがあるのだな、と見て、お子さんがその年齢になったっ時に直ぐに遊べるようにしているといいですよ」と機会があるたび話している。

負けた人は「にゅうめんそうめん」でくすぐられる。この遊びは、腕の肌が出ているこの季節ならではの遊び。服の上からでは何も感じない。歌詞も、蛎殻町、豚屋(肉屋)、陳皮(みかんの皮・七味唐辛子のうちのひとつ。薬味だった)、大根ろし(だいこんおろし)など日本の食文化が歌われている。

最後の「ひらいた ひらいた」ではみんなで手を繋いで輪になり小さくなったり大きくなったりを楽しみました。

子守唄は前回に続いて千葉県安房地方の「ほらほらほうらいまめ」

今回は写真は撮れませんでした。

前回に続いて体験にいらした方が、見かけないおんぶ紐でおんぶをしていたので少しお話を伺ったら、お母さんのご実家(福岡)で昔から使われている「もっこ」というものだと教えてくださいました。
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今、さらしおんぶ、兵児帯でのおんぶ、と言うものが秘かにブーム(という表現でよいだろうか)になっている。私の母は実家に帰ったとき、私の子どもをおんぶするときに、さらしでおんぶしていた。今のさらしおんぶは、もっとおしゃれに、カラフルな色で幅が広く、身体全体に巻きつけるようにする。
この「もっこ」というのは、一枚の布の上部左右両脇に紐がついているだけのもの。紐の肩にあたる部分は、厚くなっていて肩が痛くないようになっていた。

大分前だが、題名は忘れてしまったが「世界のおんぶとだっこ」というようなもので、世界の民族が、赤ちゃんをどのように身体につけて、日常の作業をしているか、という絵本をみたことがありました。(その中に日本はありませんでした)7カ国ほどあったでしょうか。その中で唯一おんぶの形を取っていたのが、中国南部の農村でした。他は「スリング」のように大人の身体に布を巻きつけ身体の前面に赤ちゃんを入れるかたちでした。

日本人は2つのルートでやってきた。ひとつは、北のオホーツク諸島を南下し北海道を通りさらに南下した。もうひとつのルートは、中国南部から舟に乗り、台湾、沖縄諸島、九州、そして北上。(諸説あるかもしれませんがNHKの番組で放送していました。)そのことからも、おんぶの文化も一緒に日本にやってきたのではないか。

日本人はおんぶの文化をもっている。だから「おんぶをしなさい」ではなく、知っていることが、他の国を理解することに繋がるように思います。

「もっこ」についてのサイト。
使い方など
商品の通販


posted by Hiromi Gokon at 05:17| いなげわらべうたの会の様子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月19日

じゃんけん歌「おさらにたまごに はしかけほい」(ととけっこーの会・2~6歳クラス)

小学生は、参加者全員の学校が授業参観とのことで、小学生クラスはお休み。
参加希望があった2~6歳クラスを行いました。

今日は、いなげわらべうたの会を卒会し、この4月に参加した4歳の親子と、先月保育園やコミニティーセンターに貼ってあったポスターを見て参加した2歳の親子2組の参加。

わらべうた遊びをしている所は、私自身も遊ぶので写真に撮れず、自由遊びの様子を撮りました。

今日初めて一緒に遊ぶことに。
それぞれ好きな遊びが違うため、関わり合いながら遊ぶことはありませんでした。
ひとりは線路を繋いで列車のおもちゃ。
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もうひとりは大好きなおままごと。エプロンをつけて。
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20分ほどで片付け。
いつもの「おやゆびねむれ」「ととけっこー」。
舟こぎ遊びや「のびのびのび」「よっこよっこよっこ」「ちっちゃいまめ」など身体を触る遊び、おぶり遊び「えっさっさ」は4歳でも大好き。

どこの地方の遊び方か記憶になかったが、「おさらに たまごに はしかけ ほい」というジャンケンの掛け声で親子でジャンケンをしました。まだじゃんけんと言うものをしたことがない、3歳前後の子ども達に、手の動かし方を練習するのに良い遊びなので、今回の参加者の年齢に丁度良いと思い今回遊ぶことに。
今回はその目的があったのでこのうたを使いましたが、本来のジャンケンはその土地独自の子ども達の中で使われているものを使うのが良いが、現在は、あるテレビ番組で「さいしょは ぐー じゃんけんぽん」という掛け声が放送されてから、全国的にこの掛け声が広まり、各地域独自の掛け声が聴こえなくなってしまったように思います。(学生の頃グループの活動で聞き取りして集めることがあったなぁ)
私は、「じっけった」。

しかし子どもと一緒に遊んでいると、私の知らない鬼決めの歌とやり方に出会う時があります。

みんなで片足を出して、「おにきめおにきめ~」と歌に合わせて一人がみんなの足を触っていき「おにじゃないよ」なので最後に触られた人は鬼の候補から抜けていき最後に残った人が鬼という鬼決め。
初めてこれを聞いたのは、8年ぐらい前、荒川区で子どもと一緒に遊ぶことをしている方からでした。今では千葉県船橋市でも使われています。全国的にはどうですか。教えてください。

「じゅうごのおにきめ じゃすとっぴ」
船橋、千葉あたりで歌われていますが、歌の最後にぐーちょきぱー好きなものをそれぞれが出します。鬼を決める人が好きな所からみんなが出した指を触って数えていきますが、グーは1、チョキは2 パーは5 とカウントしていき、十五番目の数の人が鬼というものです。

このようなものに出会った時は、大事に続けていきます。今でも子ども達は作り続けていると感動します。

今日の子ども達も集団遊びをするようになれば、そこでのジャンケンの掛け声でするようになることでしょう。

ここでも、草履を履いて投げ上げ、天気を占う「あしたてんきになれ」をやりました。2歳の人は難しそうでしたが、4歳の人は2回目で直ぐできました。ブランコに乗って靴を放ることをしているそうです。

歌い聴かせは「なつくれば」「ゆうやけこやけ」「かえるがなくからかえろ」貝殻をすりあわせてカエルの鳴き声のようにして聴くことをしました。

次回は7月。今度は小学生クラスもあります。
posted by Hiromi Gokon at 12:31| ととけっこーの会の様子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月16日

大縄跳び「げっくりかっくり」(前原わらべうたの会・小学生クラス)

6月最後の会。今日は県民の日で、学校はお休み。家族でお出かけの1人がお休み。

「にわとりいっぱ」というお手玉を手の甲に一度乗せ、また手のひらに戻す技が難しいようで、前回お手玉を貸してあげたのですが、かなかな出来ない。
器用不器用それぞれの特徴もあり。
また出来ないけれど頑張って何度も練習しようとする子とそうでない子。
それぞれの姿が見られます。

ここは遊びの会ですから、「やらせる」という場ではないので、そこに執着してさせたりはしませんが、何度も練習して出来たことの喜び体験はたくさんして欲しいと思い、声掛けしています。
その姿が見られるのは何年後だろうと、思いながら・・・

いつもの大縄跳び。
何回前に「げっくりかっくり」という縄を回している所に入って跳び、最後の「そらはいれ」で次の人が入って前の人が出るという遊びを教えてあげたら、今日はみんなそれをしたいということでやりました。
前回、回している所に入れない、と見ていた人も今日は挑戦。そして全員入れるようになりました。
次々と途切れなく入るのは、まだできませんがそれができたらみんなが一体感になることでしょう。
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今学校の大縄大会も次々と入っていく回数を記録しますが、それとこの遊びが違うのは、一人が充分に満足するまで跳べる。
その間に自分の身体の様子を観察できること。
みんなが声を合わせて歌ってくれて励まされているような感じになること。
そこが大きく違います。
この遊びを昼休みなどで広めて欲しいなと、いつも期待しながら遊んでいます。

その後は、草履を履いて、「あした天気になーれ」と飛ばすことをしました。
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天気を占うことだとも話しました。
みんな表でしたから明日は晴れでしょう。
「みんなの履いている靴でやるんだけどここは部屋だからこれにしたんだよ。
学校や公園でやってみてね。でも人のいない方に向けてやるんだよ」と話しました。
私はいつも夕方になると自然にやっていた遊びですが子ども達には新しい遊びだったようです。

最後は前回に続いて「いろはにこんぺいとう」。
今日は私が最後の言葉を小声で言ったので、みんなも小声になって終わりました。
posted by Hiromi Gokon at 07:32| 前原わらべうたの会の様子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

県民の日で小学生のお兄さんお姉さんも一緒に(前原わらべうたの会・プレママ・0~4歳クラス)

6月の最後の会。

今日は千葉県民の日ということで、幼稚園や小学校はお休み。兄姉の小学一年生も一緒に参加。
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お兄さんは、歩き始めた頃から幼稚園年少で入園するまでこのクラスに通っていたので、覚えてる?とお母さんが訊いていましたが、小さかったからでしょう。覚えていないと。

おもちゃは小さい子用なので、物足りなかったことでしょう。
でも兄弟姉妹で遊んだり、小さい子のお世話をしたりして自由遊びの時間を過ごしていました。

今日の遊びは、舟こぎ遊び「ふねのせんどうさんのせとくれ」。
1人が船頭にもうひとりはお客さんでお膝に乗ったり、兄妹で手を繋いで漕いでみたり・・・
きっと家でもこうして遊ぶことでしょう。

小学1年生が2人でしたので、「やなぎのしたには」という手合わせじゃんけんと負けた人がされるくすぐり遊び「にゅうめんそうめん」をしました。
半袖ですので、「にゅうめんそうめんは」良い感じでくすぐったく、楽しんでいました。

子守唄は前回に続いて千葉県安房地方のもの。歌詞に「お留めが大きくなったら」というところがある。
ひらがな表記では「乙女」かと思っていましたが「お留め」でした。昔は子どもはこの子が最後にしよう、と思うと「お留め」とか「末子」とかいうような字を使って名前をつけました。
この歌の「お留めさん」もそうだったのでしょう。

たくさんお世話をしてくれてありがとう。
posted by Hiromi Gokon at 07:28| 前原わらべうたの会の様子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雨の歌で拍感 雨のわらべうたで(うたとリコーダーの会・乳幼児クラス)

6月。
しぐさ遊びでは、今月もハンカチを使って遊びました。

始めは、まずハンカチを平に床に広げ片手で真ん中をつまんで持ち上げ、反対の手はハンカチの下の方を握るとボーズができます。
そのボーズを「ボーズ ボーズ・・・」(元は子どもを撫でてあげる時に唱えるーもしかしたら節が付いていたかもしれないがーもの。自我が出てきていうことを聞かなくなった頃に、少しはやすように唱えるもの。「にくいときゃぺしょん」と軽くお知りを叩く)と唱えながらトナエ言葉に合わせて(唱えの持つ鼓動に合わせて)撫でるようにしぐさをしました。

上の方を持てば小さなボーズが。小さなボーズを撫でる時は小さな声で唱え、下のほうを持ってデブッチョボーズを大きく撫でる時は少し声を大きくして。

そしていつもの「ももやももや」(元はおしくらまんじゅう)で揉み洗いのしぐさ。
今日も洗濯コーナーに干しました。

梅雨の季節なので、「あめあめやんどくれ」という自然に歌いかける歌に、新しく遊びをつけたもので遊びました。(「幼稚園・保育園のわらべうた遊び」春夏編 明治図書より)
輪になって歩行し拍感を。
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拍に合わせて拝むように手を合わせ上下に動かす(休符の所も止まらずに)。
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歌が終わったら中央のオニが、持っていた草履を上に投げる。(人に当たらないよう調整しながら投げなくてはいけないので、腕の運動機能の調節が必要)。
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草履が一番近くに落ちた人がオニになり交替。
もし草履が裏に落ちたらもう一度オニ。

今日は千葉県民の日だったので小学校がお休みで、兄姉の小学1年生も一緒に参加しました。
前回は輪に入らなかったけれど、初めてあった1年生の女の子に手を繋いでもらったり教えてもらったりして、今日はみんなと一緒に遊びました。
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最後の鑑賞はタイのチンという打楽器(とても響く綺麗な音が出ます)を打ちながら「てるてるぼうず」で始まるしりとり輪歌を歌いました。子ども達に「歌の中に隠されている秘密を見つけてね」と話して何回か歌いましたが、2人の小学生は残念ながら見つけることができませんでした。お母さん達はみな気がついたようです。「答えはまた今度会った時にね」と種明かしはしませんでした。
posted by Hiromi Gokon at 07:20| うたとリコーダーの会の様子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月13日

グローバルな時代だからこそ子ども達に歌ってほしい日本のわらべうた

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先日FMラジオで、ルー・ハリソン(1918~2003年ポーランド)という作曲家の「般若心経(La Koro Sutro)」という曲を放送していました。

合唱は良く聞く西洋発声の混声合唱ですが、同じメロディーをみんなで合わせて歌っていました。
伴奏はインドネシアの民族楽器です。
歌詞は、仏教の最も有名なお経「般若心経」。
しかしそれをエスペラント語で歌っていました。

エスペラント語というのは、世界の力を持った国の言語を共通語とするのではなく、新しい言語を作り出しそれを共通言語とするべき、という思想から生まれた言語です。
(船橋でも船橋東部公民館を会場に千葉エスペラント会が活動しています)

ルー・ハリソンは、合唱形態発声法、インドネシアの楽器、仏教という東洋の思想を合体させ世界の様々な文化思想をお互い認め合い尊重し合い柔軟に混合させた曲を作曲したのでした。

この他にも、ヴァイオリンとガムラン、管弦楽による曲、ガムランとピアノの曲、日本の三味線によるイタリア風の曲なども作曲しました。
その根底には、ポーランドという多くの国に支配されてきた歴史のある国の出身ということがあるかもしれません。

わらべうたも民族独自の音楽です。
まずメロディーが日本人独自のものです。

日本の音楽の音階を調べると日本の文化の歴史の一部が見えてきます。

●民謡音階=わらべうたや民謡の音階 
●律音階=わらべうたや子守唄にも見られますが、もともとは中国の文化を取り入れた奈良平安時代に伝わった宮中音楽(雅楽)の音階
●都節音階=戦国時代後半に沖縄から伝わった三線(さんしん)という楽器を改良してできた三味線の音階。わらべうたや民謡にも使われるようになりました。
●沖縄音階=沖縄の音楽の音階。沖縄は、昔琉球王国という大和(日本)とは異なる統治制度でしたので、異なる文化、言語がありました。それを江戸時代が始まって間もなく薩摩藩に侵攻され支配下おかれながらも、独自の文化を守ってきました。
●アイヌの音階=ここはまだ研究がまとまっていません。

このように日本が隣国から取り入れてきた文化が音楽にも影響を与えていることが良く分かります。

現代私たちが最も多く耳にしているのは、西洋の音楽文化(奴隷制度により取り込まれたアフリカの音楽要素を含んだものも含む)です。

これだけではなく、日本人としての音楽文化も持ち続けなくてはとも思います。

大分前ですが、「和風総本家」という番組の企画で、アフリカの放送局に独自の視点で番組を作ってもらうというものがあり、そこで使われていたBGMのひとつが、尺八で演奏されている「江戸子守唄」でした。
日本の音楽のイメージがこれなのかと、驚き嬉しく思いました。

子ども達が、世界に出て何か日本の歌を歌って欲しいと言われた時、お母さんの膝で遊んでもらったっ時の歌だといってわらべうたを、また代表的な子守唄だと(子守唄は世界中どこにでもあります)江戸子守唄を歌って聞かせてあげられたらどんなに素敵なことでしょう。
posted by Hiromi Gokon at 00:00| わらべうた遊びと子ども | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月08日

自然と共にわらべうたをうたおう 第3回 カエルの合唱を聴こう

2017年6月10日夜7:15集合で田んぼに向いました。
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私たちが歩くと鳴き止み、静かにしていると1匹が鳴きだしそれに合わせてどんどん増えていく。響き合っていました。が・・・
♪かえるの寄り合い こえあわせ こえあわせ♪

昨年よりも数が少ないような気がする、と昨年度の参加者の方も話していましたが確かにそのように思いました。

昨年は田植を終えた5月2週目あたり。今回は6月の2週目。約1ヶ月遅いからでしょうか・・・それともカエルの数が減っているのでしょうか。

足元の地面にある穴はザリガニの巣。ほじくったら小さなまだ白いザリガニが。でも直ぐに奥へと引っ込んでしまいました。

カエルの鳴き声がするほうにライトを当てましたが鳴いている姿を照らすことが出来ませんでした。
タヌキもでてきませんでした。

でも、2羽のカモが飛び立ち、コウモリが凄い速さで飛び回っていました。

20分ほどで田んぼを後にしました。
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カエル鳴いていました。

子ども達が帰った後、田んぼに戻りましたがやはり鳴き方は変わらす・・・前日ストロベリームーンだった月が山から 昇ったところでした。
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大分高く上がっていましたから桃色ではありませんでしたが。
わらべうたにも
♪おつきさん ももいろ♪という歌詞がありますが、春から梅雨前の時期にはこのような月が見られるようです。
posted by Hiromi Gokon at 21:17| 自然と共にわらべうたを唄う | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

わらべうたの会の始まり

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私が大学で、「教育とわらべうた、わらべうた遊び」について、特にわらべうたから始めるハンガリーの音楽教育法「コダーイ・システム」について学び、現在各地域でわらべうた遊びを遊ぶ場を持つことができるようになったのには、NPO法人の「自然育児友の会」との出会いがあってのことでした。

偶然にも、船橋には、このハンガリーの作曲家、教育家のコダーイ・ゾルターンの理念による幼児教育の場がたくさんあり、その幼児教室それぞれに未就園児対象のわらべうたの会がありました。

私も我が子と共にそのような会に参加していたのですが、そこで「自然育児友の会」の会員の方と一緒になり、自分の家の近所でもわらべうたの会を開きたい、というお話を伺いました。
私も丁度その頃、自分自身でも会を立ち上げたい、と思っていましたのでその方に会場をご紹介、手配もして頂き、「前原わらべうたの会」ができました。

その後、その方が「自然育児友の会」の会員さんに、わらべうた遊びが子育てにとても良い、ということを伝えたことで、西船橋にお住まいの方が西船橋にも会を創りたいと「西船わらべうたの会」ができました。

また西船橋にお住いの方が、東京都内の会員さんにもわらべうた遊びについてお話したことで、都内に会を立ち上げたいということで「わらべうたの会~まほろば~」が、またその後、この会の卒会生による小学生のわらべうたの会「わらべうたであそぼ!」ができ、リーダーの方が一部ご自身で出資しながらも会を運営し続けてきました。

このように、わらべうたの会を開く際にとても力になっていただき、また続けて、わらべうた遊びを楽しむために、多くの方に支えていただきました。
posted by Hiromi Gokon at 00:00| わらべうたの会・諸々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする