2017年01月08日

お正月

新年明けましておめでとうございます。
みなさま、どのようなお正月をお過ごしでしたでしょうか。
今年もどうぞよろしくお願いしたします。

お正月を迎える準備は、半月も前の12月13日「正月事始め」から始まります。
この日に神社、仏閣ではすす払いを行います。
家庭では、大掃除を始めたり、お正月の飾りである角松や〆縄を作ったり、お正月
用の食器を用意したりなどをする日です。
現代ではクリスマスが終わらないとお正月を迎えるという感じがしにくいですが、
昔は半月もかけて準備をするのがお正月だったのでしょう。

おせちのテレビコマーシャルで、「おせちは、歳神様をお迎えするご馳走」と
言っていましたが、お正月は歳神様をお迎えする日であります。
では歳神様はいつまで各家庭に来ていつお帰りになるのでしょうか。

歳神様は、大晦日の夜に人々の新しい歳魂を入れた大きな袋を担いで各家庭に
やってきます。
歳神様が家にちゃんとやってくるようにと目印に、角松を置いたり、奇麗に
して神聖な場所になっていますよ、という合図として〆縄を家に廻らしたり
入口につけたりします。
喪中の家が〆縄飾りをつけないのは、「喪中ですので家には来ていただかな
くて結構です」という合図になります。(歳神様が来なかったらその家の
家族は歳が増えないことになってしまいますが、そのあたりのことはまた
調べてみます)
そして歳神様は大晦日の夜に一人ひとりに新しい歳魂を与え、元日はみんな
一つ歳をとり心も体も新しくなります。

その歳神様が帰るのは、14日の夜、あるいは15日の早朝と言われています。
この日には、各家庭で取り付けていた角松や〆縄を持ち寄り櫓を組んで火を
つけ燃やす「どんど焼き」が行われ、その煙と共に歳神様はお帰りになります。
この時にお正月に書いた書き初めを一緒に燃やし、火が高く上がったら書が
上手になる、と言われていました。

先日船堀のわらべうたの会に参加されている長野出身の方が、小学生の頃
その行事をしたのを覚えているとお話してくださいました。
どんど焼きの火でおもちを焼いて食べ無病息災を願ったり、書き初めを
焼いたり、とても楽しい行事だったそうです。
長野ですので雪も多いためでしょうか、冬休みが関東より長く、
「14日夜にこのどんど焼きを終えて15日から学校が始まったように思う。
この行事を終えてお正月もお休みもすべて終わりいつもの生活が始まる、
という感じがした」とお話されていました。

また愛媛出身の方は、15日の早朝まだ暗い時に行ったことを覚えていました。
寒空の中燃え上がる火を見るのは圧巻だったそうです。

みなさんは正月飾りをいつ取り外しますか。
一般的には「松の内」が終わる7日とされています。
私の実家でもそのようにしていました。
新年を迎えた最初の7日間を「松の内」といいますが、つまり「松飾りを
つけている間」ということです。
でも先ほど14日か15日の「どんど焼き」で正月飾りを燃やし歳神様を
送る、と書きました。
ではこの残りの約7日間は「お正月」なのでしょうか。
お正月ではないのでしょうか。

実は、新年始めの7日間を「松の内」とし7日に正月飾りを取り除く、
ということは江戸時代の江戸市中で始まったことでした。
江戸時代、商業が発達し14、15日間角松や〆縄などを付けたままに
しておくと商売の邪魔になる、ということから「7日間で取り外すように」
というお触れが出たそうです。
それが現代でもごく普通に行われているのですから凄いことです。
つまりこの時から、歳神様は、正月飾りのない家で7日間ほど過ごさなくては
ならないことになってしまったのです。
しかし農家では、歳神様が帰えるまで正月飾りを付けておくことができ、
またそれを燃やす稲刈り後の田んぼもたくさんあることから、どんど焼きと
共に歳神様を送るということが残ったのでしょう。

どんど焼きが終わると1月15日から「小正月」という農作業のお正月が20日
まで続きます。
旧暦で行うと、現在の2月中旬頃になりますから、「立春」を過ぎ、初春を感じる
頃に行われていたことになります。
秋田県美郷町では、700年以上、小正月の行事が旧暦で行われていて(旧暦で
行うと毎年日にちが変わってしまうので毎年新暦2月11日から15日に行われます)国の重要無形民俗文化財に指定されています。


そして1月20日の「二十日正月」で堅くなった鏡餅を下ろして鏡開きをし、
「二十日歯固め」といって、堅いお餅をしっかり噛んで歯を丈夫にし長寿を願い
ます。
今では1月11日が鏡開きとされていますが、昔は20日だったのです。
徳川家光が4月20日に亡くなったため、20日は忌日とされ、江戸時代に蔵開きと
同じ11日となりました。
こちらも、江戸時代に変えられてしまったことを、現代でも行っているのですから
凄いことです。
でも地方では、「二十日正月」の行事と共に鏡開きをすることが、続けられていました。
私の祖父母の家でも「二十日正月」を行っていました。

さて、みなさんは、お正月飾りをいつ取り外しことにしますか。
江戸時代のお触れの通りに7日でしょうか。
それとも歳神様がお帰りになる14日でしょうか。
本来の意味に則って14日にする場合は、ちょっと勇気が要りますね。
7日に外すことが一般的になっている今日では、玄関先を通った人に「あらら、
このうちまだ正月飾り外していないわ。なんとものぐさなんでしょう。」と思われ
かねないからです。
私はここ数年前から、勇気を持って14日に外しています。
みなさんはどうなさいますか。

posted by Hiromi Gokon at 19:47| 歳時記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする